熊野古道を歩く
   杭州富士制冷機器有限公司  陳 樹
   今年の1月に、研修生として日本にやって来ました。三重工場で日本人と一緒に働いている時に、三重県南部の紀伊半島は良い観光地と聞きました。今年、熊野古道は世界遺産に登録されたので、熊野古道のことはマスコミでも話題になっていました。お盆休みのうちに、やっとチャンスが訪れました。8月20日に、日本人の上司が研修生の僕たちを熊野古道へ見学に連れて行ってくれることになりました。
   20日の朝6時に、7人全員は寮から出発しました。暑い夏の日に、僕たちは涼しい車中で会話で盛り上がりながら、窓ガラス越しに外の風景を見ました。車中での話を通して、熊野古道について多くのことを知りました。
   日本の紀伊半島が世界に誇る文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」は熊野古道と呼ばれ、地域の中で今も生き続けているそうです。熊野古道は熊野三山へとつながる道で、古くは平安時代から、人々が熊野へ詣でるために使われてきた道です。日本人の先人達が熊野を目指し、様々な思いを抱きながら歩いてきた「祈りの道」なのです。熊野古道には美しい石畳が残っています。
   事前に僕たちはあるパンフレットを読みました。そのパンフレットに熊野古道のいろんなコースが紹介されていて、距離と必要な時間、難易度などが書かれていました。僕たちは少し心引かれていたコースがありましたが、所要時間などを検討した結果、海山町の馬越峠コースを選びました。
   出発から3時間ぐらいを経過して、海山町側の「道の駅 海山」に着きました。
   車を停めて、国道沿いに尾鷲市方面へ歩いていくと、10分ほどで馬越峠の案内標識を見つけました。今回の馬越峠コースの登り口でした。全員で記念写真を取って、熊野古道の馬越峠に入りました。
   山道に沿って山を登ると、すぐに石畳になり、しばらく行くとヒノキ林が出てきました。蒸し暑い夏にもかかわらずヒノキ林の中を歩くと、本当に涼しいと感じました。目の前にシダに囲まれた石畳道が現れました。熊野古道の魅力は苔生した石畳にあり、梅雨のころともなると苔生した石畳はいっそう美しく古道の雰囲気を盛り上げるそうです。尾鷲地方は日本一多雨地帯で、大雨から道を守るために石畳を作られました。石は階段のように敷きつめられ、石と石うまく組み合わせ、踏みしめるところに石がうまく置かれていました。
   【古道
   登り口から20分ほどのところに小さな祠がありました。昔、旅の安全を祈る石地蔵だったそうですが、いつのころからか子供の夜泣き封じを祈って「夜泣き地蔵」と呼ばれるようになりました。山登りは疲れるので、私の服は汗びっしょりでした。
   途中、馬越一里塚など史跡もあったので、私たちはそれを見ながら、峠を登りました。30分ほどで峠頂上に着きました。峠から尾鷲市街を望むことができました。峠には道標や可涼園桃乙(かりょうえんとういつ)の句碑がありました。峠の近くに天狗蒼山への登り口もあり、僕たちは休憩して旅装を整えた後で、天狗蒼山を目指して出発しました。天狗蒼山は峠からさらに200メートルほど上です。30分ほどの道のりですが、途中に少し厳しい登りがありました。頂上に着いた時に、汗が滴り落ちました。
   天狗蒼山頂上からは尾鷲市街と尾鷲湾が一望できました。眼下には、きれいな景色が広がり、尾鷲湾を抱えた大きなパノラマのようでした。本当に気持ちの良いところでした。さらに、頂上にはある巨岩が立っていました。その巨岩に登ると、360度の展望ができました。海山町側の良い景色が見られました。天狗蒼山山頂からの展望なので、申し分のない大満足の一日でした。
   【尾鷲湾
   天狗蒼山から峠に戻って、尾鷲市側へ下りました。桜地蔵などの史跡を楽しみながら、石畳道を下りました。途中で馬越公園があり、そこは桜の名所だったそうですが、残念ながら桜が咲く季節ではありませんでした。 熊野古道には気持ちの良い場所が多く、熊野古道沿いに残る石畳や巡礼碑や石仏だけでなく、古道沿いに歩くと、周りのいろんなものに歴史と文化を感じることができました。